【化粧の本棚】vol.1 ロバと蒸気が生み出した美 

今日から私(向田麻衣)の初めての書籍「”美しい瞬間”を生きる」の

企画をしてくれたライター森旭彦さんの連載【化粧の本棚】がスタートします。

528618_513655222002145_433222486_n

ますますこのページがMagazineらしくなってまいりました。

それでは、どうぞお楽しみください!

こんにちは、ライターの森です。

普段は主にサイエンスやアートなどについていろんなところでインタビューや書き物をしています。

僕はこの本をつくる中で、向田麻衣といろんなインタビューを重ねてゆきました。本を書く時というのは、特殊な記憶を使います。

僕たちはいろんな記憶を使って毎日を生きています。でも、生まれてからの全ての記憶を使って毎日を生きているわけではありませんよね。一日の時間は限られているとともに、毎日全ての記憶を総動員して生きる必要はないからです。

しかし、本を書くという行為が日常になると、こうした記憶の使い方が変わります。1ページ、1行、1文、1語を書くとき、たくさんの記憶が必要になります。そしてその多くは普段使っていない記憶たちなのです。

たとえば、「初めてお化粧をした時のことを、いますぐ鮮明に思い出したい」と思ったところで、人によって個人差はありますが、そううまく思い出すことはできないものです。

その時にクラスで一番おしゃれだった人のことを思い出し、その子がどんなファッションリーダーかを誰かと話しているうちに、ふと、口紅を初めて買った場所を思い出すかもしれない。そしてその口紅を塗った自分の姿を母親が見た時の反応を思い起こすことがあるかもしれません。

そんなことを思い出すうちに、母親のポーチから口紅を勝手に取り出して塗って怒られた幼い日のことを鮮明に思い出すかもしれません。

言葉はそうやって生まれるものだと僕は思います。

人間の記憶というものは、とても都合よくできているのですが、それが本を書く時にも好都合なわけではなかったりします。書くことは、思い出すことがなかった記憶を呼び覚ますことの連続です。書き手は文章を書く中で、そうした「特殊な記憶」をたくさん生み出して、本を書き、本の中で生き、その記憶を持って本の外にも出ていきます。

書き手は本の中でも外でも、今まで自分が出会わなかった自分に出会うのです。

本は読む人も変える力がありますが、書く人も変わります。

それはとても特別なことだと思うのです。

そして僕がこの世界で一番好きな瞬間でもあります。

本を読んでいて、まるで自分が見透かされているような気持ちになる時や、ずっと言われたかったことを言われているような感覚に陥るとき、人は作家の特殊な記憶がつくりだした、「記憶の小部屋」の中にいると言えるでしょう。その小部屋では、鳥が海を泳ぎ、ひつじが空に浮かんでいることもあるかもしれません。

それらはまた、作家によって呼び覚まされたあなたの特殊な記憶が描いた風景画でもあるのです。

と、そんなわけで、僕は親友である向田麻衣に、特殊な記憶の部屋に入ってもらうために、本を作っていく中でいろんなお話をする、というのが今回の役回りでした。

お話をするためには彼女と話を合わせなければなりません。つまりお化粧の話をしなければならないわけです。そこで僕はお化粧の勉強をしました。お仕事のたびにいろんな勉強をしなければならないことも、ライターの仕事の面白さのひとつ。その当時の1日の時間割は、朝に図書館情報学、昼からはデータサイエンス、時に物理学ではアインシュタインの発想に感動を覚えながらの、お化粧の勉強です。

僕にとって女性は毎日自分の顔に絵を描いて街を歩いてゆく不思議な存在ですが、彼女らもお化粧の歴史を全て知っているかというとそうではありません。これも意外なことでした。そしてお化粧の世界というのは非常に深く、面白みに満ちていて、実は今もいろんな本を読んでいます。

そんなわけで、ここでは僕が彼女と話をするためにしてきた勉強と、その後のお化粧の自由研究をお話していきたいと思います。男性が読む化粧の歴史というところに新鮮味を感じていただけると嬉しいです。

さて、突然僕の母の話になるのですが、彼女はこの10年間ほど、夜になると自分の顔に蒸気を当てています。僕の実家のリビングには、いつも母専用の蒸気発生装置があります。ボタンひとつで大量の蒸気が出て、まるで演歌歌手のドライアイスのモクモクのように彼女の顔を包みます。後ろから見ていると、産業革命さながらに彼女の頭からモクモクと煙が立ち昇っているではありませんか。なんでも顔に蒸気を当てることはシワを取り、色白できめ細かな肌を保つのに効果があるそうです。

また、彼女も常に精神統一をしながらこのモクモク状態をキープしているわけではなく、やはり退屈なのでテレビを見ます。つまり母風呂から上がる、蒸気発生、テレビを見てバカ笑い、この不思議な舞台一式が、彼女の独自の美容法なのです。

こうした女性の独自の美しさの追求は、何も今に始まったことではありません。たとえば今から2000年近く前の古代ローマを生きたポッパエア・サビナが思い起こされます。そもそも「ポッパエア」という名前からしてタダ者ではない感が漂いますが、彼女は期待通り、ローマ帝国におけるオラオラ系の皇帝・ネロの二人目の妻だった女性です。

このポッパエアも僕の母同様、独自の美容法を実践していたヤンママでした。彼女はなんと美容のためにロバのミルクのお風呂に入っていたそうです。しかもこの後のエピソードから推測するに、おそらくお湯割りなどではなく、ストレート特濃ミルクです。それだけを聞くと、まあロバという点を除いてはいいエピソードなのですが、やり方がやはりオラオラです。

彼女はロバのミルク風呂に入るためだけに500頭ものプライベートロバを国費で飼っており、なんと旅行をする時も50頭のマイロバを連れて行ったといいます。もはや旅行というか、「移動牧場」です。しかも目的はヤンママ専用ミルク風呂。これは相当な強者です。旅先もたまったものじゃありません。ある日ヤンママがやってきたかと思ったら、大量のロバもいっしょでそのあたりの草を食い散らかすわけです。

ちなみにロバのミルクはシワを取り、色白できめ細かな肌を保つのに効果があるそうです。

あれ? どこかで聞いたような。ロバに比べれば母の蒸気はまだモダンに見えますが、基本的な型はほとんど変わっていないのではないかと感じています。

と、こんなことを本をつくっている間も、つくってからも僕はいろいろと勉強しております。そんなお話をこれから書いていこうと思います。

ちなみに今空港にいるのですが、これからイタリアはローマへ言ってまいります。会えたらロバにも会ってこようと思います。

いつ来ても空港の空気は素敵です。

自分の人生がスーツケース2つくらいにまとめられたら、それはとても素敵だなと思います。では。